本章では、B2C分野で高度化したECモデルをB2B取引へ単純に移植することの限界を明らかにする。そのうえで、B2B取引の構造的特徴を踏まえた新たな統合モデルとして、本研究が提案する「伊藤モデル」を提示する。
ECは取引プロセスの標準化と自動化に優れたモデルであるが、B2B取引では契約構造やサプライチェーンの特性により、そのまま適用することが難しい。本研究では、EC理論とサプライチェーンマネジメント(SCM)理論を統合することで、企業間取引の電子化と需給最適化を同時に実現する枠組みを提示する。
4.1 ECモデルの構造的限界
電子商取引(EC)は、商品情報、価格、決済、配送といった取引要素をデータ構造として標準化し、電子的にB2C分野におけるECは、商品情報・価格・決済・物流情報を標準化されたデータ構造として統合することで、高度な自動処理を実現してきた(Turban et al., 2018)。このモデルは、注文処理の効率化や取引コスト削減を可能にし、電子市場の発展を支えてきた。
しかし、B2B取引では以下のような構造的差異が存在する。
- 取引単位が大きい
- 継続契約が多い
- 個別契約条件が存在する
- 需給変動がサプライチェーン上流へ波及する
Lee et al.(1997)が指摘するブルウィップ効果は、需要情報の歪みがサプライチェーン上流へ増幅される現象であり、B2B領域では重要な課題となる。
したがって、B2Bにおいては単なる「取引自動化」だけでは十分ではなく、「需給連動型の最適化」を含む統合モデルが必要となる。
4.2 B2CとB2Bの取引構造の相違
B2Cでは消費者が最終需要主体であるが、B2Bでは企業が中間需要主体となる。このため、企業間取引では以下の要素が重要となる。
- 需要予測
- 在庫配置
- 生産計画
- 供給能力調整
これらはサプライチェーン全体の最適化問題として扱われる。
一方で、B2B取引には契約構造上の特徴も存在する。多くの企業間取引では、
見積 → 確認 → 発注
というプロセスを経て契約が成立する。このプロセスでは、見積書、注文書、納品書などの帳票が契約情報として機能する。
さらに、B2B取引には大きく二つの取引形態が存在する。
- 個別契約型取引
見積を基礎として個別に契約が成立する取引 - 継続契約型取引
長期契約のもとで継続的に発注が行われる取引
これらの取引構造が、企業間取引の電子化を困難にしてきた要因の一つである。
4.3 B2B取引電子化の前工程としての取引DX
本研究では、SCM最適化の前提条件として、まず企業間取引プロセスそのものを電子化する必要があると考える。
この取引DXは、以下の三つの要素によって構成される。
(1)電子帳票による個別契約DX
個別契約型取引では、見積書、注文書、納品書などの帳票が契約情報として機能する。そのため、これらの帳票を電子化し、取引プロセスをデータとして管理する仕組みが必要となる。
電子帳票の導入により、
- 見積条件管理
- 契約履歴管理
- 発注プロセスのデータ化
が可能となり、個別契約型取引の電子化が実現される。
(2)B2Bカートによる継続契約DX
継続契約型取引では、ECのショッピングカートに類似した注文インターフェースを利用することで、発注業務の電子化が可能となる。
ただし、B2Bカートでは以下の要素に対応する必要がある。
- 顧客別商品管理
- 顧客別価格管理
- 契約条件に基づく販売管理
これにより、継続取引における注文処理をEC型インターフェースで自動化することができる。
(3)OMSベース軽量販売管理システム
電子帳票およびB2Bカートによって生成された取引データを統合管理する基盤として、OMS(Order Management System)の理論をベースとした軽量型の販売管理システムを構築する。
このシステムは、
- 見積管理
- 受注管理
- SCMプロセスとのAPI連携
- 売上管理
- 請求管理
を統合する機能を持ち、企業間取引のデータハブとして機能する。
この三つの仕組みによって、B2B取引プロセスをデータ化することが可能となる。
4.4 ECサプライチェーン統合モデル(伊藤モデル)
EC成功要因は、複数の研究によって整理されている(DeLone & McLean, 2003)。主な要因として、以下が指摘図5は、本研究で提案するECサプライチェーン統合モデル(伊藤モデル)を示している。

本モデルでは、企業間取引の電子化基盤として、
- 電子帳票(個別契約DX)
- B2Bカート(継続契約DX)
- OMSベースの軽量型販売管理
をSCMプロセスの前工程として配置する。
この取引基盤の上に、
- OMS
- WMS(Warehouse Management System)
- EOS(Enterprise Optimization System)
を統合し、需給情報の統合管理を実現する。
OMSは本モデルの中核となるシステムであり、取引データと在庫データを統合するデータハブとして機能する。OMSはAPIによってECストアフロントと連携し、販売可能在庫をリアルタイムで同期する。
さらに、OMS・WMS・EOSを一体的に設計することで、
- マスタデータ統合
- 業務ステータス統一
- データ重複排除
を実現する。
この設計思想は、One Fact, One Placeというデータ管理原則に基づくものである。
その結果、以下の効果が得られる。
- 取引情報と在庫情報の整合性維持
- マスタデータ重複排除
- 業務ステータス統合管理
さらに、本研究で提案する伊藤モデルの特徴は、需給最適化機能を担う EOS(Enterprise Optimization System) を統合している点にある。
一般的なECシステムでは、短期的な販売処理を主目的とするため、需要予測や補充計画などの需給最適化機能は必ずしも重視されていない。
特にB2C型ECでは、販売対象商品が在庫限りで終了するケースや、短期的な販売キャンペーンを中心とするケースが多く、需要予測に基づく補充計画の重要性は相対的に低い場合がある。
一方で、B2B取引においては継続的な取引関係を前提とするケースが多く、安定供給や在庫最適化が企業競争力に大きく影響する。このため、受発注データと需給予測データを統合的に管理する仕組みが重要となる。
本研究では、この課題に対応するため、EC取引基盤の上位レイヤーとして EOS(Enterprise Optimization System) を配置し、需要予測・補充計画・在庫最適化を統合的に実行する構造を提案する。
図6は、伊藤モデルにおけるEOS(Enterprise Optimization System)の機能構成案を示したものである。
EOSの主な機能は、OMSおよびWMSに蓄積された在庫データや入出庫データを分析し、翌日分の需要予測値および在庫日数を算出することである。
さらに、これらの算出結果を基にABC在庫分析を行い、在庫の重要度に応じた管理や発注支援を行う機能を備える構成としている。

さらにEOSは、B2B取引や生産管理システムとの連携を実現するうえでも重要な役割を担う。企業間取引では、受注情報が生産計画や補充計画に直接影響するため、取引データと需給データを統合的に管理する仕組みが不可欠である。EOSはこの統合を担う中核機能として位置付けられる。これにより、EC理論による取引標準化とSCM理論による需給最適化を統合したサプライチェーン管理が可能となる。
4.5 伊藤モデルの進化構造
伊藤モデルは、以下の段階的進化構造を持つ。
第1段階:取引自動化
電子帳票およびB2Bカートにより受発注を電子化する。
第2段階:需給可視化
取引データと在庫データを統合し、需給状況を可視化する。
第3段階:在庫最適化
需要予測を活用し、在庫配置および補充政策を最適化する。
このように、本モデルは単なる受発注システムではなく、サプライチェーン最適化基盤へ発展する構造を内包している。
4.6 理論的意義
伊藤モデルの理論的意義は、以下の三つの理論を統合している点にある。
- EC理論(取引標準化・自動化)
- SCM理論(需給最適化)
- API型軽量アーキテクチャ
従来のERPは企業内部の業務統合を目的としたシステムであった。一方、本研究が提案する伊藤モデルは、企業間取引を起点としてサプライチェーン全体の最適化を図る設計思想を採用している。
すなわち、ERP中心モデルは内部資源統合型、伊藤モデルは取引起点・需給連動型という設計思想の転換を示している。
この点において、本研究は中小企業に適合する新たなDXモデルを提示するものである。